人間なんて皆、腹黒いんだよ

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人に期待しすぎていない?人間なんて、みんな腹黒い。

夜の世界にいると、変わった人たちがたくさんいる。

性格も考え方も、育ってきた環境もバラバラ。

一般社会や会社という場所では、どうにも上手くいかなかった男や女が、流れ着いてくることもある。

もちろん、夜の世界にいる人がみんなそうだという話ではない。

ただ、普通の会社員生活だけでは出会わなかったような人たちと、一緒に仕事をする機会は確実に多い。

そんな人たちとの仕事は、正直、大変なこともある。

「なんでそこでそうするんだ?」

「もう少し普通にできないのか?」

そう思うこともある。

でも、そこがまた刺激であり、魅力でもある。

自分の中にある「普通」が通用しない人と出会う。

考え方の違う人とぶつかる。

面倒くさい人に振り回される。

そのたびに、人間というものが少しずつ見えてくる。

そして、あるとき思う。

人に期待しすぎているんじゃないか。

自分だって、人には言わない本音がある。

嫉妬することもある。

人を羨ましく思うこともある。

「あの人は苦手だ」と思うこともある。

できれば自分だけ得をしたいと思うことだってある。

それなのに、なぜか他人には、聖者のような人間性を期待してしまう。

「いい人なら、そんなことはしない」

「普通の人なら、もっと相手の気持ちを考える」

「人として、それくらい分かるだろう」

そんなふうに。

でも、よく考えてみれば、人間なんてそんなに綺麗なものではない。

基本的には、みんな多少は腹黒い。

そして、俺はそのくらいでいいと思っている。

腹黒さが見えたほうが、逆に信用できる

あまりに完璧すぎる人を見ると、逆に少し警戒してしまう。

何を言っても綺麗。

誰のことも悪く言わない。

誰かが成功すれば心から喜ぶ。

いつでも笑顔。

誰に対しても優しい。

もちろん、本当にそういう人もいるだろう。

だから、完璧な人を否定するつもりはない。

ただ、多少の腹黒さが見えたほうが、人間味があって俺は好きだ。

「正直、あの人苦手なんだよね」

「それは羨ましいわ」

「今回は自分が得したかったからやった」

そんな本音が少し見える。

すると、逆に安心する。

「ああ、この人も普通の人間なんだな」と思えるからだ。

腹黒い感情があることと、悪い人であることは違う。

大切なのは、その感情を持ったうえで、どう行動するかだ。

面倒くさい人も、見方を変えれば個性的な人になる

人間関係では、「この人、面倒くさいな」と思うこともある。

すぐ不機嫌になる。

妙なところにこだわる。

自分の考えを曲げない。

言い方が独特。

いちいち細かい。

付き合う側からすれば、確かに面倒くさい。

でも、少し見方を変えてみる。

「面倒くさい人」ではなく、

「ちょっとクセのある人」

「個性的な人」

と考えてみる。

すると、同じ行動でも少し違って見えてくる。

「また始まったよ」

と笑えるようになる。

場合によっては、その面倒くささの中に、少し可愛さまで見えてくる。

もちろん、だからといって何をされても我慢しろという話ではない。

本当に付き合ってはいけない人とは、距離を取ればいい。

大切なのは、相手を変えようとすることではなく、その人がどういう人なのかを理解したうえで、自分がどう付き合うかを決めることなのだと思う。

では、どう付き合っていけばいいのか?

今、職場で人間関係に困っている人もいるだろう。

上司と合わない。

同僚と合わない。

なぜか自分にだけ当たりが強い人がいる。

何を言っても面倒な反応をする人がいる。

そんなとき、

「どうすれば相手を変えられるだろう」

と考えてしまう。

でも、他人を変えるのは難しい。

だからこそ、まず自分の中に判断基準を持つ。

「ここまでは付き合う。でも、ここから先は付き合わない」

というボーダーを決める。

これは許す。

これは許さない。

ここまでは人に合わせる。

ここから先は自分を曲げない。

そういう線を、自分の中に持っておく。

そして、そのためにはまず、自分自身の腹黒さも認めることだ。

自分だって完璧じゃない。

嫉妬する。

人を羨ましく思う。

好き嫌いもある。

面倒くさいと思うこともある。

できれば楽をしたいと思う。

自分だけ損をするのは嫌だと思う。

そんな自分を、無理に綺麗な人間に見せなくてもいい。

人間なんだから、それくらいあっていい。

すべての決断に、自分のボーダーを持つ

人付き合いだけではない。

仕事でも、恋愛でも、お金でも、友人関係でも同じだと思う。

「ここまではやる」

「ここからはやらない」

という判断基準を持っておく。

誰かに何を言われても、

「これは自分の中ではやらない」

と決めていることがある。

逆に、

「これは自分が損をしてもやる」

と決めていることもある。

その基準があれば、人に振り回されにくくなる。

そして、その根っこにあるのが、ポリシーであり、美学なのだと思う。

「そんなことをするのはダサい」

「そこまでして得をしたくない」

「それだけは自分のポリシーとしてやらない」

そんな理由でもいい。

むしろ、多少の「かっこつけ」でもいいと思う。

誰かに褒められるためではなく、

「自分が自分を嫌いにならないために、ここだけは守る」

という線を持つ。

それが、自分なりの美学になる。

人を見るということ

人を見るとき、

「この人はいい人なのか、悪い人なのか」

と考えすぎる必要はないのかもしれない。

人間なんて、みんな多少は腹黒い。

自分だってそうだ。

だから、相手の腹黒さを見つけていちいち失望するより、

「この人には、こういうところがあるんだな」

くらいで受け止める。

そして、自分自身にも同じように、

「俺にもそういうところあるよな」

と思っておく。

そのうえで、相手がどんな人間なのかを見て、自分はどこまで付き合うのかを決める。

人を変える必要はない。

自分が全部合わせる必要もない。

ただ、自分の中にボーダーを持っておく。

人間の腹黒さを否定するのではなく、それも含めて人間を見る。

そして、自分自身も完璧な人間になろうとしない。

少しくらい腹黒くてもいい。

ただし、自分なりのポリシーと美学だけは持っておく。

そのほうが、人付き合いも人生も、少し楽になるのかもしれない。

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