カテゴリー: 人を見る

  • 職場における、いい人って?

    そもそも、モテるとは何なのか?

    「モテる」という言葉を、俺たちは当たり前のように使っている。

    「あの人はモテる」

    「昔はモテた」

    「俺は結構モテるよ」

    でも、そもそもモテるって何なんだろう。

    人から好かれることなのか。

    異性から好かれることなのか。

    それとも、たくさんの人と付き合った経験があることなのか。

    俺は、もっと具体的に考えたほうがいいと思っている。

    例えば、異性から告白される。

    デートに誘われる。

    自分から誘ったときに、相手から喜んでOKしてもらえる。

    何度も会いたいと言われる。

    こういう「相手側からの行動」があって、初めて自分がモテていると実感できるんじゃないだろうか。

    「女性からよく相談される」

    「いい人って言われる」

    「友達が多い」

    これは人として好かれている証拠ではある。

    でも、それだけでは「モテる」とは少し違う。

    恋愛対象として選ばれているかどうか。

    俺は、そこが「モテる」の一つの基準だと思っている。

    では、金持ちはモテるのか?

    夜の世界に長くいると、お金を持っている男性をたくさん見てきた。

    いい店に連れて行く。

    高いプレゼントをする。

    旅行に連れて行く。

    お金があることで、女性との関係を作りやすくなる場面は当然ある。

    でも、それを本当に「モテる」と言っていいのだろうか。

    俺が夜の世界で見てきた金持ちは、とにかくシビアな人が多い。

    これは遊びの場での話ではない。

    ビジネスの場での話だ。

    成功している人ほど、お金のためなら平気で人を切り捨てることができる。

    もちろん、全員がそうだとは言わない。

    ただ、俺が見てきた成功者には、そういう人がかなり多かった。

    そして、金持ちの男性には女好きで、浮気性の人もかなり多い。

    お金がある。

    女性との出会いも多い。

    自分に自信もある。

    そうなれば、誘惑も多くなる。

    もちろん、金持ちでも一途な人はいるだろう。

    でも、俺の知る限りでは、そんなに多くない。

    ここで、お金持ちが好きな女性に聞いてみたい。

    金持ちだけど浮気性で、お金が一番という価値観の男性。

    それとも、収入は普通のサラリーマンだけど、優しくて一途な男性。

    どちらがいいのだろうか。

    もちろん、

    「そんなの一途な金持ちがいいに決まってる」

    という答えもあるだろう。

    俺もそう思う。

    でも、問題はそこだ。

    はっきり言って、両方持っている男は、俺の知る限りではほとんどいない。

    金もある。

    優しい。

    一途。

    仕事もできる。

    人間性も素晴らしい。

    そんな男が、そこら中にいるなら苦労しない。

    現実には、何かを持っている代わりに、何かが欠けている人のほうが多い。

    だからこそ、面白い。

    お金があることは、確かに魅力の一つだ。

    優しさも魅力だ。

    一途さも魅力だ。

    仕事ができることも魅力だ。

    顔がいいことも魅力だ。

    でも、全部を持っている人間なんて、ほとんどいない。

    結局、人は何を基準に相手を選ぶのだろう。

    そして、自分が選ばれることを「モテる」と呼ぶのなら、

    何を持っている人が、本当にモテる人なのだろう。

    金なのか。

    顔なのか。

    優しさなのか。

    一途さなのか。

    それとも、そんな単純なものではないのか。

    夜の世界で、いろいろな男女を見てきた。

    金を持っているのに、なぜか寂しそうな男もいた。

    金がなくても、女性に囲まれて楽しそうにしている男もいた。

    一途な男が幸せになることもあれば、浮気ばかりしている男がモテ続けることもある。

    だから今でも、俺はよく分からない。

    モテるって、何なんだろうな。

  • お金持ちはモテるのか?

    そもそも、モテるとは何なのか?

    「モテる」という言葉を、俺たちは当たり前のように使っている。

    「あの人はモテる」

    「昔はモテた」

    「俺は結構モテるよ」

    でも、そもそもモテるって何なんだろう。

    人から好かれることなのか。

    異性から好かれることなのか。

    それとも、たくさんの人と付き合った経験があることなのか。

    俺は、もっと具体的に考えたほうがいいと思っている。

    例えば、異性から告白される。

    デートに誘われる。

    自分から誘ったときに、相手から喜んでOKしてもらえる。

    何度も会いたいと言われる。

    こういう「相手側からの行動」があって、初めて自分がモテていると実感できるんじゃないだろうか。

    「女性からよく相談される」

    「いい人って言われる」

    「友達が多い」

    これは人として好かれている証拠ではある。

    でも、それだけでは「モテる」とは少し違う。

    恋愛対象として選ばれているかどうか。

    俺は、そこが「モテる」の一つの基準だと思っている。

    では、金持ちはモテるのか?

    夜の世界に長くいると、お金を持っている男性をたくさん見てきた。

    いい店に連れて行く。

    高いプレゼントをする。

    旅行に連れて行く。

    お金があることで、女性との関係を作りやすくなる場面は当然ある。

    でも、それを本当に「モテる」と言っていいのだろうか。

    俺が夜の世界で見てきた金持ちは、とにかくシビアな人が多い。

    これは遊びの場での話ではない。

    ビジネスの場での話だ。

    成功している人ほど、お金のためなら平気で人を切り捨てることができる。

    もちろん、全員がそうだとは言わない。

    ただ、俺が見てきた成功者には、そういう人がかなり多かった。

    そして、金持ちの男性には女好きで、浮気性の人もかなり多い。

    お金がある。

    女性との出会いも多い。

    自分に自信もある。

    そうなれば、誘惑も多くなる。

    もちろん、金持ちでも一途な人はいるだろう。

    でも、俺の知る限りでは、そんなに多くない。

    ここで、お金持ちが好きな女性に聞いてみたい。

    金持ちだけど浮気性で、お金が一番という価値観の男性。

    それとも、収入は普通のサラリーマンだけど、優しくて一途な男性。

    どちらがいいのだろうか。

    もちろん、

    「そんなの一途な金持ちがいいに決まってる」

    という答えもあるだろう。

    俺もそう思う。

    でも、問題はそこだ。

    はっきり言って、両方持っている男は、俺の知る限りではほとんどいない。

    金もある。

    優しい。

    一途。

    仕事もできる。

    人間性も素晴らしい。

    そんな男が、そこら中にいるなら苦労しない。

    現実には、何かを持っている代わりに、何かが欠けている人のほうが多い。

    だからこそ、面白い。

    お金があることは、確かに魅力の一つだ。

    優しさも魅力だ。

    一途さも魅力だ。

    仕事ができることも魅力だ。

    顔がいいことも魅力だ。

    でも、全部を持っている人間なんて、ほとんどいない。

    結局、人は何を基準に相手を選ぶのだろう。

    そして、自分が選ばれることを「モテる」と呼ぶのなら、

    何を持っている人が、本当にモテる人なのだろう。

    金なのか。

    顔なのか。

    優しさなのか。

    一途さなのか。

    それとも、そんな単純なものではないのか。

    夜の世界で、いろいろな男女を見てきた。

    金を持っているのに、なぜか寂しそうな男もいた。

    金がなくても、女性に囲まれて楽しそうにしている男もいた。

    一途な男が幸せになることもあれば、浮気ばかりしている男がモテ続けることもある。

    だから今でも、俺はよく分からない。

    モテるって、何なんだろうな。

  • 真面目な人はモテない?「隙」がない人ほどモテにくい理由【恋愛】

    夜の世界でキャストとして働いているのに、なぜかモテない子がいる。

    実は、そういう子に多いのが真面目な子だ。

    言われたことを真面目にやる。

    仕事にも真剣に取り組む。

    遅刻もしない。

    手を抜かない。

    お客様にも丁寧に接する。

    一見すると、何も悪いところがない。

    むしろ、店側からすればありがたいキャストだ。

    でも、なぜかモテない。

    なぜか。

    隙がないからだ。

    モテる子は「隙」を作るのが上手い

    売れる子を見ていると、絶妙に隙を見せるのが上手い。

    計算して隙を作っている子もいる。

    逆に、天然で隙だらけの子もいる。

    でも、どちらもモテる。

    少し抜けている。

    ちょっと頼りない。

    たまに失敗する。

    そんな部分があると、相手は自然と手を差し伸べたくなる。

    「俺が助けてあげよう」

    と思わせることができる。

    完璧な人間には、なかなか入り込む隙がない。

    だから、どこか近寄りがたい。

    真面目に頑張っている子ほど、応援したくなる

    俺自身は、真面目に頑張っている子を見ると、ついつい応援したくなる。

    一生懸命やっている。

    言われたことをちゃんとやる。

    失敗しても、また頑張る。

    そういう子は、仕事をする側からすると本当に可愛い。

    だからこそ、

    「もう少し肩の力を抜いていいのにな」

    と思うことがある。

    でも、これが難しい。

    真面目な人にとって、力を抜くというのは意外と難しい。

    「ちゃんとしなきゃ」

    「頑張らなきゃ」

    「失敗しちゃいけない」

    そう思っているうちに、どんどん自分を固くしてしまう。

    隙は、弱さではない

    「隙を見せる」というと、何か相手に弱みを見せるようなイメージがあるかもしれない。

    でも、俺はそうは思わない。

    むしろ、少し隙があるほうが人間らしい。

    完璧じゃない。

    ちょっと失敗する。

    たまには人に頼る。

    分からないことは「分からない」と言う。

    そんなところがあるから、人は親しみを感じる。

    これは男女どちらにも言えることだと思う。

    肩の力を抜いたほうが、人は魅力的になる

    仕事でも恋愛でも、常に100点を取ろうとしなくていい。

    少しくらい失敗してもいい。

    全部自分でやろうとしなくてもいい。

    たまには人に頼ってもいい。

    少しくらい肩の力を抜いて、楽に構えている。

    そのくらいの余裕があるほうが、結果的に人から好かれる。

    真面目なのは悪いことじゃない。

    むしろ、真面目に頑張れることは大きな長所だ。

    ただ、

    真面目すぎて、自分から「隙」までなくしてしまわないこと。

    人は完璧な人間より、少しくらい不完全な人間に惹かれる。

    だから、頑張ることに疲れたら、少しくらい力を抜いてみればいい。

    肩の力が抜けたときに、意外と本来の魅力が出てくるものだ。

  • 人から好かれる人は「愛嬌」がある。その正体とは?【人間関係の悩み】

    誰もが、人から好かれたいと思うだろう。

    嫌われたいと思って生きている人は、そう多くない。

    仕事でも、友人関係でも、恋愛でも、周りから好かれている人は何かと得をする。

    応援してもらえる。

    困ったときに助けてもらえる。

    何かに挑戦するとき、「あの人なら頑張ってほしい」と思ってもらえる。

    では、人から好かれ、応援してもらえる人になるためには、どうすればいいのだろうか。

    夜の世界では、それがもっと分かりやすい。

    キャストは、お客様から好かれなければ指名につながらない。

    もちろん、見た目や会話、サービスなど、いろいろな要素がある。

    でも、長く指名される人や、周りから応援される人には、ある共通点がある。

    愛嬌だ。

    愛嬌って結局何なのか?

    「愛嬌」という言葉は、誰でも一度くらい聞いたことがあると思う。

    「あの子は愛嬌がある」

    「あの人は愛嬌がない」

    なんとなく意味は分かる。

    でも、「じゃあ具体的に何をすれば愛嬌がある人になれるの?」と聞かれると、意外と答えられない。

    みんな、なんとなくニュアンスで使っている。

    そこで辞書を調べてみる。

    愛嬌には、にこやかで可愛らしいこと、ひょうきんで憎めないこと、相手を喜ばせるような言動などの意味がある。

    ここで面白いのが、

    「ひょうきんで、憎めない」

    という部分だ。

    つまり、愛嬌のある人というのは、必ずしも完璧な人ではない。

    ちょっと失敗する。

    ちょっと抜けている。

    ちょっと生意気。

    でも、なぜか憎めない。

    そういう人だ。

    失敗しても「応援したい」と思われる

    失敗しても「応援したい」と思われる

    愛嬌を考えるうえで、ここが一番大事なんじゃないかと思う。

    人から好かれる人は、失敗しない人ではない。

    むしろ、失敗した姿さえも「なんか可愛いな」「頑張ってるから応援してあげたいな」と思ってもらえる人なのではないだろうか。

    例えば、幼稚園児が運動会のかけっこのために、何日も一生懸命練習していたとする。

    そして本番。

    スタートして、一生懸命走って、ゴールを目指す。

    ところが途中で転んでしまった。

    それを見て、

    「なんで転んだんだ」

    「ちゃんと走れよ」

    と責める人は、ほとんどいないだろう。

    むしろ、

    「頑張れ!」

    「あと少し!」

    と応援したくなる。

    転んだことよりも、そこまで一生懸命やってきたことを知っているからだ。

    逆に、何も練習せず、当日も適当に走って転んだとしたらどうだろう。

    同じ「転ぶ」という失敗でも、受け取られ方はまったく違う。

    ここに、愛嬌の正体があるような気がする。

    一生懸命にやること

    愛嬌を身につけるために、笑顔の練習をしたり、話し方を変えたりすることもできる。

    でも、それだけではない。

    もっと根本的なところにあるのは、

    一生懸命やること。

    そして、

    その一生懸命さが相手に伝わっていること。

    これが大事なんだと思う。

    一生懸命やっている人が失敗すると、

    「残念だったな」

    で終わらない。

    「次は頑張れ」

    「手伝ってやろうか」

    「もう一回やってみよう」

    と、周りの人が手を差し伸べたくなる。

    それは、その人が完璧だからではない。

    むしろ、完璧じゃないからこそ応援したくなる。

    夜の世界では、これがよく見える

    夜の世界で仕事をしていると、いろいろな人を見る。

    キャストもそうだ。

    仕事ができる人もいれば、不器用な人もいる。

    最初から何でもできる人もいれば、失敗ばかりする人もいる。

    でも、不器用でも一生懸命やっている人には、周りが手を貸す。

    「あの子、頑張ってるから」

    そう言って応援してくれるお客様もいる。

    逆に、どれだけ器用でも、適当に仕事をしている人には、なかなか人がついてこない。

    結局、人は能力だけを見ているわけではない。

    「この人を応援したい」と思えるかどうか。

    そこが大きい。

    愛嬌は「媚びること」ではない

    愛嬌は「媚びること」ではない

    ここは間違えやすいところだ。

    人から好かれたいからといって、誰にでも媚びればいいわけではない。

    相手の顔色ばかり見る。

    何でも「はい」と言う。

    嫌われないように、自分を作る。

    それでは疲れてしまう。

    そして、長く続かない。

    愛嬌というのは、相手に好かれるためのテクニックというより、その人の人間味から自然に出てくるものなのだと思う。

    少しくらい失敗する。

    少しくらい抜けている。

    それでも一生懸命やっている。

    そんな姿を見たとき、人はその人を応援したくなる。

    報われなくても、一生懸命やる

    もちろん、一生懸命やったからといって、必ず報われるわけではない。

    頑張っても評価されないことはある。

    誰にも気づかれないこともある。

    応援してほしいと思って頑張ったのに、誰からも応援されないことだってある。

    でも、それでもいい。

    前の記事でも書いたように、最後は自分の中にあるポリシーや美学の問題だと思う。

    自分が「こうする」と決めたからやる。

    誰かに褒められるためではない。

    誰かに認めてもらうためでもない。

    自分の中のボーダーや美学に従って、

    「これはやる」

    と決めたからやる。

    それなら、誰にも気づかれなくても迷う必要はない。

    そのまま進めばいい。

    一生懸命な人には、自然と人が集まる

    一生懸命な人には、自然と人が集まる

    人から好かれるために、無理に「いい人」になる必要はない。

    完璧になる必要もない。

    人間なんだから、失敗もする。

    嫉妬もする。

    腹黒いところだってある。

    それでいい。

    ただ、自分がやると決めたことには一生懸命取り組む。

    失敗したら、失敗したでいい。

    「すみません、やっちゃいました」

    と笑えるくらいでもいい。

    そして、またやればいい。

    そんな人を見ていると、周りはいつの間にか、

    「なんか、この人応援したくなるな」

    と思うものだ。

    それが、愛嬌なのかもしれない。

    人から好かれる人は、必ずしも完璧な人ではない。

    ちょっと不器用で、ちょっと抜けていて、それでも一生懸命な人。

    そんな人には、人間味がある。

    そして、人間味のある人には、自然と人が集まってくる。

    だから、人から好かれたいと思ったとき、

    「どうすれば好かれるだろう?」

    と考えすぎなくてもいいのかもしれない。

    まずは、自分がやるべきことを一生懸命やる。

    その姿を見てくれている人は、きっとどこかにいる。

    そして、いつかその一生懸命さが、

    「この人を応援したい」

    という気持ちにつながる。

    それが、愛嬌というものなのかもしれない。

  • 人間なんて皆、腹黒いんだよ

    人に期待しすぎていない?人間なんて、みんな腹黒い。

    夜の世界にいると、変わった人たちがたくさんいる。

    性格も考え方も、育ってきた環境もバラバラ。

    一般社会や会社という場所では、どうにも上手くいかなかった男や女が、流れ着いてくることもある。

    もちろん、夜の世界にいる人がみんなそうだという話ではない。

    ただ、普通の会社員生活だけでは出会わなかったような人たちと、一緒に仕事をする機会は確実に多い。

    そんな人たちとの仕事は、正直、大変なこともある。

    「なんでそこでそうするんだ?」

    「もう少し普通にできないのか?」

    そう思うこともある。

    でも、そこがまた刺激であり、魅力でもある。

    自分の中にある「普通」が通用しない人と出会う。

    考え方の違う人とぶつかる。

    面倒くさい人に振り回される。

    そのたびに、人間というものが少しずつ見えてくる。

    そして、あるとき思う。

    人に期待しすぎているんじゃないか。

    自分だって、人には言わない本音がある。

    嫉妬することもある。

    人を羨ましく思うこともある。

    「あの人は苦手だ」と思うこともある。

    できれば自分だけ得をしたいと思うことだってある。

    それなのに、なぜか他人には、聖者のような人間性を期待してしまう。

    「いい人なら、そんなことはしない」

    「普通の人なら、もっと相手の気持ちを考える」

    「人として、それくらい分かるだろう」

    そんなふうに。

    でも、よく考えてみれば、人間なんてそんなに綺麗なものではない。

    基本的には、みんな多少は腹黒い。

    そして、俺はそのくらいでいいと思っている。

    腹黒さが見えたほうが、逆に信用できる

    あまりに完璧すぎる人を見ると、逆に少し警戒してしまう。

    何を言っても綺麗。

    誰のことも悪く言わない。

    誰かが成功すれば心から喜ぶ。

    いつでも笑顔。

    誰に対しても優しい。

    もちろん、本当にそういう人もいるだろう。

    だから、完璧な人を否定するつもりはない。

    ただ、多少の腹黒さが見えたほうが、人間味があって俺は好きだ。

    「正直、あの人苦手なんだよね」

    「それは羨ましいわ」

    「今回は自分が得したかったからやった」

    そんな本音が少し見える。

    すると、逆に安心する。

    「ああ、この人も普通の人間なんだな」と思えるからだ。

    腹黒い感情があることと、悪い人であることは違う。

    大切なのは、その感情を持ったうえで、どう行動するかだ。

    面倒くさい人も、見方を変えれば個性的な人になる

    人間関係では、「この人、面倒くさいな」と思うこともある。

    すぐ不機嫌になる。

    妙なところにこだわる。

    自分の考えを曲げない。

    言い方が独特。

    いちいち細かい。

    付き合う側からすれば、確かに面倒くさい。

    でも、少し見方を変えてみる。

    「面倒くさい人」ではなく、

    「ちょっとクセのある人」

    「個性的な人」

    と考えてみる。

    すると、同じ行動でも少し違って見えてくる。

    「また始まったよ」

    と笑えるようになる。

    場合によっては、その面倒くささの中に、少し可愛さまで見えてくる。

    もちろん、だからといって何をされても我慢しろという話ではない。

    本当に付き合ってはいけない人とは、距離を取ればいい。

    大切なのは、相手を変えようとすることではなく、その人がどういう人なのかを理解したうえで、自分がどう付き合うかを決めることなのだと思う。

    では、どう付き合っていけばいいのか?

    今、職場で人間関係に困っている人もいるだろう。

    上司と合わない。

    同僚と合わない。

    なぜか自分にだけ当たりが強い人がいる。

    何を言っても面倒な反応をする人がいる。

    そんなとき、

    「どうすれば相手を変えられるだろう」

    と考えてしまう。

    でも、他人を変えるのは難しい。

    だからこそ、まず自分の中に判断基準を持つ。

    「ここまでは付き合う。でも、ここから先は付き合わない」

    というボーダーを決める。

    これは許す。

    これは許さない。

    ここまでは人に合わせる。

    ここから先は自分を曲げない。

    そういう線を、自分の中に持っておく。

    そして、そのためにはまず、自分自身の腹黒さも認めることだ。

    自分だって完璧じゃない。

    嫉妬する。

    人を羨ましく思う。

    好き嫌いもある。

    面倒くさいと思うこともある。

    できれば楽をしたいと思う。

    自分だけ損をするのは嫌だと思う。

    そんな自分を、無理に綺麗な人間に見せなくてもいい。

    人間なんだから、それくらいあっていい。

    すべての決断に、自分のボーダーを持つ

    人付き合いだけではない。

    仕事でも、恋愛でも、お金でも、友人関係でも同じだと思う。

    「ここまではやる」

    「ここからはやらない」

    という判断基準を持っておく。

    誰かに何を言われても、

    「これは自分の中ではやらない」

    と決めていることがある。

    逆に、

    「これは自分が損をしてもやる」

    と決めていることもある。

    その基準があれば、人に振り回されにくくなる。

    そして、その根っこにあるのが、ポリシーであり、美学なのだと思う。

    「そんなことをするのはダサい」

    「そこまでして得をしたくない」

    「それだけは自分のポリシーとしてやらない」

    そんな理由でもいい。

    むしろ、多少の「かっこつけ」でもいいと思う。

    誰かに褒められるためではなく、

    「自分が自分を嫌いにならないために、ここだけは守る」

    という線を持つ。

    それが、自分なりの美学になる。

    人を見るということ

    人を見るとき、

    「この人はいい人なのか、悪い人なのか」

    と考えすぎる必要はないのかもしれない。

    人間なんて、みんな多少は腹黒い。

    自分だってそうだ。

    だから、相手の腹黒さを見つけていちいち失望するより、

    「この人には、こういうところがあるんだな」

    くらいで受け止める。

    そして、自分自身にも同じように、

    「俺にもそういうところあるよな」

    と思っておく。

    そのうえで、相手がどんな人間なのかを見て、自分はどこまで付き合うのかを決める。

    人を変える必要はない。

    自分が全部合わせる必要もない。

    ただ、自分の中にボーダーを持っておく。

    人間の腹黒さを否定するのではなく、それも含めて人間を見る。

    そして、自分自身も完璧な人間になろうとしない。

    少しくらい腹黒くてもいい。

    ただし、自分なりのポリシーと美学だけは持っておく。

    そのほうが、人付き合いも人生も、少し楽になるのかもしれない。

  • 人は変えられない。だから自分が変わった方が早い【職場の人間関係】

    人は変えられない。だから自分が変わった方が早い【職場の人間関係】

    職場で、

    「上司が変わってくれない」

    「会社が何も変えてくれない」

    「もっとこうしたほうがいいのに」

    そんな不満を感じたことはないだろうか。

    これは、私が店長をしていたときの話です。

    当時、私より上には部長や専務、常務など、さまざまな役職者がいました。

    その人たちは、お店や組織を良くするために、

    「もっとこうしたい」

    「ああしたほうがいい」

    「ここを改善したほうがいい」

    という気持ちや願望を持っていました。

    でも、それを実行しようとはしませんでした。

    そして日々、会社やオーナーへの愚痴や批判を口にしていました。

    ある日、私は尋ねました。

    「なぜ実行しないんですか?」

    「なぜ改善を提案しないんですか?」

    返ってきた答えは、

    「どうせ却下されるから」

    でした。

    なぜ人は会社や上司の愚痴を言い続けるのか?

    皆さんにも、似たような経験があるのではないでしょうか。「同僚のせいで……」

    「部長のやり方が……」

    「会社の方針が……」

    「もっとこうしたらいいのに……」

    「なぜ会社はこんなことをするんだ?」

    こういう話は、どこの組織でもあると思います。

    でも、ここで何を言っても、他人や会社を自分の思い通りに変えることは、なかなかできません。

    人の性格や人格を、自分の思い通りに変えることなんて普通はできない。

    自分一人の考えに合わせて、会社や社会が変わることもないでしょう。

    だからといって、同じような不満を持った人たちで集まって、毎日のように愚痴を言っていても、状況は何も変わりませ

    自分を変えることはできる

    社会や他人、会社を変えることは難しい。

    でも、

    自分を変えることはできる。

    私はそう考えました。

    そして、自分にできることをやりました。

    任せられたお店では、6ヶ月連続で歴代最高売上を更新。

    その後、閉店寸前だった別の店舗へ、自ら異動を申し出ました。

    誰も行きたがらなかった店舗です。

    そこで、9ヶ月で歴代最高売上を更新しました。

    自分が変わると周りも変わる

    すると、ある変化が起きました。

    それまで、

    「どうせ却下される」

    と言われていた改善案の稟議が、次々と通るようになった。

    なぜでしょうか。

    会社の考え方が変わったのかもしれません。

    上司の考え方が変わったのかもしれません。

    でも、私はこう思っています。

    自分の言葉に、重みが増したんです。

    実績がない状態で「こうしたほうがいい」と言うのと、実際に結果を出した人間が「こうしたほうがいい」と言うのでは、同じ言葉でも受け取られ方が違う。

    それを、私は現場で経験しました。

    人を変えようとする。

    会社を変えようとする。

    上司を変えようとする。

    もちろん、それが必要な場合もあります。

    でも、そのために自分の時間と労力を使い続けるより、

    まず自分が変わった方が早い。

    自分が結果を出す。

    自分の信用を積み上げる。

    自分の言葉に重みを持たせる。

    そうすれば、今まで動かなかった人や組織が、こちらの言葉を聞くようになることがあります。

    他者を変える努力に時間を使うより、自分が変わった方が早い。

    私は20年以上、人と組織を見てきて、そう思うようになりました。

    他人を変えることに疲れているなら、まず自分を変えてみればいい。

    そのほうが、案外早く状況が動き出すかもしれない。