誰もが、人から好かれたいと思うだろう。
嫌われたいと思って生きている人は、そう多くない。
仕事でも、友人関係でも、恋愛でも、周りから好かれている人は何かと得をする。
応援してもらえる。
困ったときに助けてもらえる。
何かに挑戦するとき、「あの人なら頑張ってほしい」と思ってもらえる。
では、人から好かれ、応援してもらえる人になるためには、どうすればいいのだろうか。
夜の世界では、それがもっと分かりやすい。
キャストは、お客様から好かれなければ指名につながらない。
もちろん、見た目や会話、サービスなど、いろいろな要素がある。
でも、長く指名される人や、周りから応援される人には、ある共通点がある。
愛嬌だ。
愛嬌って、結局なんなのか?
「愛嬌」という言葉は、誰でも一度くらい聞いたことがあると思う。
「あの子は愛嬌がある」
「あの人は愛嬌がない」
なんとなく意味は分かる。
でも、「じゃあ具体的に何をすれば愛嬌がある人になれるの?」と聞かれると、意外と答えられない。
みんな、なんとなくニュアンスで使っている。
そこで辞書を調べてみる。
愛嬌には、にこやかで可愛らしいこと、ひょうきんで憎めないこと、相手を喜ばせるような言動などの意味がある。
ここで面白いのが、
「ひょうきんで、憎めない」
という部分だ。
つまり、愛嬌のある人というのは、必ずしも完璧な人ではない。
ちょっと失敗する。
ちょっと抜けている。
ちょっと生意気。
でも、なぜか憎めない。
そういう人だ。
失敗しても「応援したい」と思われる
愛嬌を考えるうえで、ここが一番大事なんじゃないかと思う。
人から好かれる人は、失敗しない人ではない。
むしろ、失敗した姿さえも「なんか可愛いな」「頑張ってるから応援してあげたいな」と思ってもらえる人なのではないだろうか。
例えば、幼稚園児が運動会のかけっこのために、何日も一生懸命練習していたとする。
そして本番。
スタートして、一生懸命走って、ゴールを目指す。
ところが途中で転んでしまった。
それを見て、
「なんで転んだんだ」
「ちゃんと走れよ」
と責める人は、ほとんどいないだろう。
むしろ、
「頑張れ!」
「あと少し!」
と応援したくなる。
転んだことよりも、そこまで一生懸命やってきたことを知っているからだ。
逆に、何も練習せず、当日も適当に走って転んだとしたらどうだろう。
同じ「転ぶ」という失敗でも、受け取られ方はまったく違う。
ここに、愛嬌の正体があるような気がする。
一生懸命やること
愛嬌を身につけるために、笑顔の練習をしたり、話し方を変えたりすることもできる。
でも、それだけではない。
もっと根本的なところにあるのは、
一生懸命やること。
そして、
その一生懸命さが相手に伝わっていること。
これが大事なんだと思う。
一生懸命やっている人が失敗すると、
「残念だったな」
で終わらない。
「次は頑張れ」
「手伝ってやろうか」
「もう一回やってみよう」
と、周りの人が手を差し伸べたくなる。
それは、その人が完璧だからではない。
むしろ、完璧じゃないからこそ応援したくなる。
夜の世界では、これがよく見える
夜の世界で仕事をしていると、いろいろな人を見る。
キャストもそうだ。
仕事ができる人もいれば、不器用な人もいる。
最初から何でもできる人もいれば、失敗ばかりする人もいる。
でも、不器用でも一生懸命やっている人には、周りが手を貸す。
「あの子、頑張ってるから」
そう言って応援してくれるお客様もいる。
逆に、どれだけ器用でも、適当に仕事をしている人には、なかなか人がついてこない。
結局、人は能力だけを見ているわけではない。
「この人を応援したい」と思えるかどうか。
そこが大きい。
愛嬌は「媚びること」ではない
ここは間違えやすいところだ。
人から好かれたいからといって、誰にでも媚びればいいわけではない。
相手の顔色ばかり見る。
何でも「はい」と言う。
嫌われないように、自分を作る。
それでは疲れてしまう。
そして、長く続かない。
愛嬌というのは、相手に好かれるためのテクニックというより、その人の人間味から自然に出てくるものなのだと思う。
少しくらい失敗する。
少しくらい抜けている。
それでも一生懸命やっている。
そんな姿を見たとき、人はその人を応援したくなる。
報われなくても、一生懸命やる
もちろん、一生懸命やったからといって、必ず報われるわけではない。
頑張っても評価されないことはある。
誰にも気づかれないこともある。
応援してほしいと思って頑張ったのに、誰からも応援されないことだってある。
でも、それでもいい。
前の記事でも書いたように、最後は自分の中にあるポリシーや美学の問題だと思う。
自分が「こうする」と決めたからやる。
誰かに褒められるためではない。
誰かに認めてもらうためでもない。
自分の中のボーダーや美学に従って、
「これはやる」
と決めたからやる。
それなら、誰にも気づかれなくても迷う必要はない。
そのまま進めばいい。
一生懸命な人には、自然と人が集まる
人から好かれるために、無理に「いい人」になる必要はない。
完璧になる必要もない。
人間なんだから、失敗もする。
嫉妬もする。
腹黒いところだってある。
それでいい。
ただ、自分がやると決めたことには一生懸命取り組む。
失敗したら、失敗したでいい。
「すみません、やっちゃいました」
と笑えるくらいでもいい。
そして、またやればいい。
そんな人を見ていると、周りはいつの間にか、
「なんか、この人応援したくなるな」
と思うものだ。
それが、愛嬌なのかもしれない。
人から好かれる人は、必ずしも完璧な人ではない。
ちょっと不器用で、ちょっと抜けていて、それでも一生懸命な人。
そんな人には、人間味がある。
そして、人間味のある人には、自然と人が集まってくる。
だから、人から好かれたいと思ったとき、
「どうすれば好かれるだろう?」
と考えすぎなくてもいいのかもしれない。
まずは、自分がやるべきことを一生懸命やる。
その姿を見てくれている人は、きっとどこかにいる。
そして、いつかその一生懸命さが、
「この人を応援したい」
という気持ちにつながる。
それが、愛嬌というものなのかもしれない。
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